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檜原村へツーリング by リョウ秋の紅葉シーズンを迎えた東京都檜原村。 その見どころをご案内します
秋の行楽シーズン、皆様いかがお過ごしでしょうか?私リョウはサイクリスト。毎週土曜日、自転車で片道2時間かけて、東京都下唯一の村である檜原村(ひのはらむら)までツーリングに行っています。今でこそ道路や公共施設が村の奥まで整備されている檜原村ですが、戦前は交通の便が悪く、しかも標高が高くて寒いことから「東京のチベット」と呼ばれていたそう。 今回の体験隊では、そんな自然豊かな東京のチベット「檜原村」の名勝を皆さんにご紹介させていただきます。
さすがに、文章だけでは位置関係などがわかりにくいかなと思いまして、地図を描いてみました。 オレンジ色の線が今回走ったコースです。 また、今回はご案内するポイントの他にも、落ち武者が暮らしたとされる集落や、立ち入ると祟りがあると言われる位牌山など、檜原村には興味深い場所がたくさんあります。興味のある方は事前に地図だけでなく、こうした伝承などを読んでから行くと、より一層楽しめますよ。
ちなみに、檜原村に行く時に限らず、長距離のツーリングの際にはサプリメントや関節の炎症を緩和する軟膏などを持って行っています。 エネルギー補給におにぎりなど食べる時に一緒に飲むことが多いですね。翌日の疲労度が違ってきます。 ◆今回持参したもの
JR中央線の武蔵五日市駅から秋川に沿って走る檜原街道を西に5kmほど行くと、檜原村の玄関口、檜原村役場が見えてきます。
「檜原村」と綴るのを見ると、その名前から檜(ひのき)を連想しがちですが、そもそも「ひの」の字に「檜」や「桧」は当てられておらず、日野の平山氏がこの地を治めたことから名づけられた「日野原」が転じて檜原となったのではないかと言われています。役場前で周囲を見渡すと、凸形をした異様な風貌の山に目を奪われます。 この凸形の山の頂に、平山氏の檜原城が築かれていました。残念ながら16世紀に豊臣秀吉の軍によって建造物は破壊され、現在ではわずかな痕跡を残すのみとなっています。 檜原村には遺跡や歴史的建造物が数多くあります。およそ5000年前ごろ、縄文時代前期よりこの地には人間が暮らしていたと推測され、7〜8世紀ごろにはモンゴルや朝鮮などからの渡来人の集落があったとも考えられています。東京最果ての山村でありながら意外なほど多彩な歴史的背景を持つ檜原村には、ちょっと奥地に入れば古くから人々が目にしてきた景色がいまだに残されています。
村役場から本宿に進んでゆくと突き当たりで檜原街道と秋川は二手に分かれ、右手が北秋川、左手が南秋川となります。北秋川沿いを道なりに進んでゆくと、しばらくして日本の滝100選にも選ばれた払沢(ほっさわ)の滝の入口が見えてきます。 公営の駐車場に自転車を停めて、看板の矢印を頼りに歩いてゆくと細い玉砂利の道が続きます。歩道ぎりぎりまでお食事処がせり出しているせいか、なんだか人の家の敷地内を歩いているような心持ちの、少々居心地の悪い道です(笑)。しかし、それもしばらくすると岩と樹木の根がごつごつと突き出た山道に変わり、頭上では鬱蒼と茂る木々に日の光が遮られて、次第に辺りは薄暗くなっていきます。 私は周囲に誰もいない朝方に訪れるので、正直この山道はいつも怖くて嫌いなのですが、5分も歩けば休憩所と滝が見えてきます。60mほどはあると言われる絶壁の頂から水が流れ落ちる様子は圧巻です。 滝の左手には浅間尾根の山道へと続いていますが、私は歩くのには不向きな自転車用のシューズを履いているので、ここまで。 滝から流れ落ちた水は秋川へと流れ込んでいきます。 水のとても澄んだ様子が上からも見て取ることができますが、ここは東京都の水源地だそうで遊泳等は厳しく禁じられています。
来た道を戻り、檜原街道を北秋川沿いにさらに奥へと進んでゆくと2kmほど行ったところで「神戸岩入り口」の標識が現れます。神戸岩は「かのといわ」と読み、ほぼ同じ高さ(約100m)の切り立った岩山が2つ並んだ様子が神様の扉のように見えることからその名が付けられたようで、もともとは一つだったそう。 人の手が触れることの無い絶壁には珍しい植物やキノコが自生しているそうで、東京都指定の天然記念物です。 切り立った岩の光景は凄まじく、霊気さえ漂っていてかなり不気味。 たもとには、「怖いトンネル」として一部で有名な、素彫りの無灯トンネルがあります。わたしは一人で心霊スポットに行くが大の苦手なので絶対に通れませんが、ここから鋸山林道経由でJR青梅線の奥多摩駅方面へ抜けることができます。 ただし、昨年の夏に崩落があって以来、ずっと車両は通行止めになっています。
100m近い高さからの大規模な崩落が道を塞いでいるので、復旧にはまだまだ時間がかかりそうですね・・・。ちなみに徒歩でなら、脇の歩行者通路から工事現場をパスすることができます。
さて、それでは檜原街道へと戻り、今度は藤原方面へと進んでいきます。檜原村ではサルやキツネはしばしば見かけますが、他にもタヌキやイタチ、ごくたまにクマも現れるそうです。 途中、とある家の軒先ではタヌキの皮が・・・。 アップダウンの激しい道が続いた後、藤倉で本格的な登り基調となって倉掛尾根の林道へと至ります。 10〜14%もの勾配がある坂が6〜7kmほど続き、どんどん標高も高くなっていきますが、結構高いところまで来ても意外と多くの家が軒を連ねています。 話によれば低地は山々に囲まれていて空が狭く、すぐに日が暮れてしまうので昔から高地のほうが居住地として好まれていたそうです。 いつも心肺機能と筋力の限界ぎりぎりまで追い込まれるので、ここの林道を走るときは必ず手前で休憩して、おにぎりを食べながらBCAAのようなサプリメントも飲んでおいています。 林道を登り切れば、そこは風張峠です。峠の手前の高台からは笹尾根、浅間尾根の稜線が一望できます。 風張峠からは奥多摩周遊道路を下ります。奥多摩周遊道路はもともと有料でしたが、現在は無料で通行できます。 景色が良いことからサイクリストにも人気の道路ですが、週末は猛スピードでコーナーを攻めるバイクが大挙してやってくるのでかなり危険です。 ちなみに周遊道で事故を起こした場合、救急車が到着するのは通報の2時間後にもなってしまうそうなので、くれぐれも注意が必要。 周遊道出入り口には、現在は使われていない料金所があります。バイク事故が多いためか夜間は通行禁止となっていますので、車やバイクで行く際は事前に開門時間を調べるのを忘れずに。
さて、ここからは南秋川に沿って道を下って行きます。浅間尾根を境にして、北秋川側を北谷と呼ぶのに対してこちらの南秋川側は南谷と呼ばれています。 村でもっとも標高の高い山である三頭山(みとうやま)を背に坂を降りて行くと旅館・バンガローの看板が数多く現れる数馬に至ります。 数馬では特産物であるこんにゃくの原料となる芋を栽培している畑が目立ちます。 奥の列の、茎が伸びて葉を茂らせているのがこんにゃく芋です。こんにゃく芋の栽培は手間のかかる仕事で、種を蒔くと芽を出し茎を延ばし、葉を茂らせて冬に枯れ、また次の春に芽を出して・・・という一年のサイクルを3回繰り返し、芋が直径10cmぐらいになったところでやっと収穫できるそうです。 そして収穫された芋を乾燥させて粉末にするか、生のまま摩り下ろして石灰乳を混ぜて固まらせるとこんにゃくになります。 昔は臼でついてから布を掛け、それを足で踏み潰したそうですが、さすがに現在ではみな工場で行っているそう。 数馬の旅館にはその昔、かの柳田國男氏も宿泊したことがあるそうで、やはりご老人を訪ねては昔の話を聞いてまわっていたようです。 そのまま道なりに下って行き、本宿の交差点まで出ればスタート地点の村役場に到着し、これにて檜原村を巡るツーリングは終了です(と言っても、ここから自宅まではまた自転車で戻るわけですが・・・)。
余談ですが、早朝に世間的には「風変わりな格好(自転車用ジャージ)」で林道を走っているせいか、山の斜面で畑仕事をするおばあさんや林で木の枝を払うおじいさんがよく声を掛けて下さいます。皆さんいかにも健康そうな様子です。 その昔、檜原村では何処へゆくにも峠を徒歩で登り降りしなくてはならなかったり、畑で取れる穀類・芋類と川で獲れる魚ぐらいが食材だったりと、現在とは比較にならないほど不便で質素な生活だったと伝えられています。しかし、そんな時代を過ごして来たお年寄りの方が、便利で物が有り余る現代を生きる人よりも発ガン率が低くて健康である、というのはなんとも皮肉な話です。 いずれにせよ、楽して痩せるダイエットが存在しないのと同じく、楽して健康であり続ける長寿法も存在しないということなんでしょうね・・・。 とりあえず、私はこの週末ツーリングと、毎日の自転車通勤で今の健康を維持したいと思ってます。 by リョウ |
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